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モーリタニア的休日の過ごし方

週末を、主人の同僚モーリタニア人スタッフ、ブラヒムさんの田舎の休暇滞在先に招待されて一泊してきた。毎年夏の休暇時期になると招待してくれて、これで3年目だ。毎年の楽しみな恒例行事になってきた。

ここモーリタニアでは、土地代・住宅購入費が上昇しているとはいえ、まだまだ市場も発達していない。地方ではさらにそうだ。割と安定した職を持っている層になると、田舎に休暇用の家を持っている人々が多い。我々が招待されるのは、国の南にあるエルキズ(Rkiz)近くにある彼らの休暇先だ。

休暇用の家というと、ゴージャスなプール付き邸宅を想像してしまうが(タイでは割とそのパターン)、ここでは何もない土地にモーリタニア式テントのハイマを張ったのが、休暇用の別荘変わりだ。日がな一日のんびりとミント・ティーを飲んだり、お祈りをしたり、家族と食事をしたり、昼寝をしたりしてすごすのだ。

朝8時にヌアクショットの我が家を出発し、到着したのは午前11時。一昨年、昨年と8月に来たが、今回は9月。何度か雨も降ったらしい。いつもセネガルに行くときに通る町、ティゲントから東に向かう道を曲がると、昨年は乾いた砂景色だったところが、見事に緑色のじゅうたんが敷き詰められたような、みずみずしい草原が広がっている。

エルキズへ向かう草原の一本(舗装)道路

エルキズに向かう途中で左折しないといけないのだが、何しろ両側が地平線まで見渡せるような砂漠地帯(今回は草原)を走るひたすら一本道の舗装道路で、特に道しるべや目印になるものがない。昨年グーグルマップ上に左折地点を残しておいたはずだったが、電波受信も怪しいのか表示されない。ブラヒムさんが時間を見計らって舗装道路の脇まで迎えに来てくれた。ここからさらに10キロほど草原地帯を疾走して彼の別荘に到着する。

到着するとすぐにラクダ乳のウェルカムドリンクが出てくる。両手で抱えるほどの木製のモーリタニアン・ボウルになみなみと入ったキャメル・ミルクが各人に用意されている。しぼりたてで牛乳とはまた違った風味だが、牛乳だってこんなに飲めない。いつも半分くらいでギブアップする。そんなことはお構いなく、小さなグラスに注がれるミント・ティーが回り始めた。(ミント・ティーについてはこちら。)ほかの客人もいて、皆で一つテントの下で談笑し始める。

木のボウルに出てくるラクダ乳。八分目まで飲んでおなか一杯。

昼一時ごろに、朝から締めた羊を焼いた大きなメシュイが出てきた。ハイマの下でみんなであぐらをかいて囲む手づかみのメシュイは何とも言えずおいしい。朝から着てきたメラファがずり落ちて食べにくいなーと思っていると、他の客人から「苦労してますね。楽な恰好でいいですよ」と言ってもらう。メシュイも食べつくしてまったりしていると、今度はお米と羊肉を焚きこんだものが出てきた。ちょっと脂分が多いが、しょっぱいライス・プディング的な感じで食べてしまう。

みんなで昼食のメシュイを食べる。パンと一緒に食べる。

そして皆がお昼を食べ終わって、日も和らいできたころに、女性のおしゃれであるヘナをやってくれる。私はここに来る時しかヘナをしないが、女性どうしでおしゃべりしながら時間を過ごすのが好きで、楽しみにしている。ヘナで手足を装飾するのは、マグレブ地域から中東、南アジアまで見かけるが、テープを使った幾何学的な模様のヘナはモーリタニア独特のものらしい。医療用の厚手のテープを細長く切って、あれがいいこれがいいとか言いながら女性たちが私の手足の指にテープを張り始める。テープを切る道具は、なぜかカミソリ歯。自分の爪を下敷きにして上手に切っていく(ちょっと見ていて怖い)。

あとは水に溶かしてペースト状になったヘナ・パウダーを皮膚にはりつけ、その辺に風邪で飛んできた薄手のビニールシートを巻き付け保護して1時間ほど色をしみこませる。客人としてやってもらうヘナは、女性客に対する歓迎の証でもある。ヘナが完成すると、お土産としての新しいメラファを巻いてくれて、女性たちは手拍子に合わせて歌い始める。私が「ありがとう」を込めてちょこっと踊りだすと、とても喜んでもらえる。

ヘナが終わったころには、空も薄暗くなり始めていて、いつの間にかテントの外に絨毯とモーリタニア式ベッド兼ソファーがセッティングされていた。星空野外サロンなんて贅沢だ。暮れゆく空を背景にまたミント・ティーを飲んだり、おしゃべりをしていると、夕食が出てきた。息子が去年気に入ってリクエストした羊肉と野菜入りのマカロニ・パスタ。羊肉のダシが聞いていて意外とおいしいのである。時々感じる砂もご愛敬。

おなか一杯になり、ソファーに仰向けになると、夜空一面の星が天井だった。いろいろしたようで何もしなかった週末、、、これでいいのだ、モーリタニア的休日はこうでなくてはならないのだ。

まだ時刻も早いのに、昼間の暑さのせいか、瞼が落ちてくる。遠くに牛やロバの鳴き声を聞きながら眠りについた。

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ニンジャの行方

ここアフリカ大陸のサヘル地域一帯に生息する陸ガメがいる。大陸は西側のモーリタニアから東側のエチオピアあたりまで生息分布しているそうだ。IUCN(国際自然保護連合)によれば、絶滅危惧種に指定されている。

我々が三年前にモーリタニアにやってきて、この家に住み始めた時、我々よりも長くそこで暮らしてきた同居人(?)がいた。アフリカリクガメの、ケヅメリクガメだった。息子が即座に「ニンジャ!」と名付けて、ニンジャは我々の家族となった。家の裏手に住処があって、明るくなると地上に頭を出してきて、庭を散歩しては草をはみ、こぶし大の黒い落とし物をしながら歩くのだった。気温と湿気が高い時期が好みのようで、夏はとにかく家の周りをぐるぐる歩き回っていたものだった。水は嫌うと聞いていたが、時にプールで気持ちよさそうに泳いでいる姿も目撃した(そのあと救出しないといけないのであった)。

先月一か月近くの夏季休暇から帰ってきたとき、プールサイドに黒い落とし物があり、「ニンジャも元気そうだねー」と家族と話していた。

ところが、まったくニンジャの姿を見ない日が2週間近く続いた。以前も一ケ月ほど穴にこもっていたことがあり(メスだったのでおそらく産卵していたと思われる)、そのうち出てくるだろうと思っていたが一向に姿を見ない。この暑い時期の散歩は大好きなはずだ。庭中捜しまわったが、気配はない。獣医に相談してみたが、「誰かが穴に潜って姿を確認しないと何とも言えない」とのこと。そりゃそうだ。穴の深さは50センチほどだが、幅も1メートルに満たずのぞき込むと相当奥まで伸びている。小柄な体格の人間でないと肩も入らない大きさだ。小柄っぽい庭師にお願いしたが、のぞいたところ、穴はまっすぐ伸びて突き当りから右に折れているので、おそらくそこにいるのだろう、1-2か月出てこないなんてよくあることだ、ということで最終確認には至らない。そこで息子が立候補して肩まで入ってみたが、ニンジャは見えなかった、とのこと。最終的に私がモップの取っ手の先にスマホを取り付け、ビデオを回しながら上半身入ってみた。なるほど、右に曲がって掘られている。ビデオを右側に向けて撮影。かくしてビデオを再生してみると、実は右に曲がった先は非常に浅く、行き止まりの壁が写っているだけだった。家の敷地内含めてニンジャの住処はもぬけの殻だということがやっとわかった。

過去に、門が開いている隙にニンジャが外出しかけたこともあった。唯一考えられるのは、同様に門番が手と目を離したすきに開いた門の隙間を抜け出て、道行く何者かにさらわれた、という経緯だ。ケヅメリクガメは、家畜やそのほかの動物を取引しているマーケットに行くと、高く売れるらしい。特にニンジャほどのサイズになると(全長6-70センチ、高さ3-40センチほど)さらに値が上がるとのこと。

門番(3人交代)に話をして、周辺に事情聴取・目撃情報を収集してもらうよう依頼した。そして2週間後、我が家から200メートルほど先の路上で大きなリクガメを発見して引き取った、という人物が現れた。

その人物は発見現場にすぐ近くに住んでいて、1か月ほど前に自宅付近をさまよっている大きなリクガメを見つけ、保護し、しばらく自宅の中で飼っていたということ。今は60キロほど離れた知人宅に預けてあるので、すぐ持ってこさせる、といって誰かに連絡していた。そして1時間後、埃被った車の後部スペースに、大きなリクガメを乗せてやってきた。

同じ種類でサイズも似通っていて、ぱっと目には同じ亀に見えるが、なんとなくこれはニンジャとは違う、と感じたが、確証がない。甲羅の後部右側に穴があけられている。「動き回るから鎖にかぎつけて飼っていた」とのこと。ひどいことするものだ。さらにひっくり返しておなか部分を確認すると、おなかのへこみ具合がオスっぽい。オスのおなかは、交尾しやすいようにへこんでいるのだ。2年ほど前に取ったニンジャの写真とも詳細に見比べた。微妙な甲羅の曲線や爪の生え方など、やはりニンジャではない。間違いなくニンジャではない。

ところが、よく見れば見るほどこのカメの生育環境はラフだったことが想像できた。甲羅の一部が欠けていたり、爪の一部がなかったり、甲羅全体もこすれた後がたくさんあり、また送り返したら鎖につながれた生活に戻るのだと思うと、忍びなくなってきた。ニンジャではないけれども、連れてこられたのも何かの縁、ここにおいて少し自由に歩き回ったり、好きな時に芝生を食べたり、空いてるニンジャのベッドで寝てもらってもいいではないか。実際のところ、路上での発見に至る経緯はほぼ作り話で、外国人がリクガメを探していると聞いて商売目当てでどこからか連れて(買って?)来たのだろう。しかも5000ウギア(日本円で1万円以上!)を要求してきた。我々が探していたカメではないが、輸送費は払うのでぜひうちで世話をしたいという旨説明して、言い値の半額支払って引き取ってもらった。

息子がこの新しい家族メンバーに、「ココ(多分映画のCocoから来たと思われる)」と名付けた。ココ、ようこそ我が家へ!

突然みしらぬ場所に連れて来られ、草むらに逃げ込むココ

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国際女性デー公式行事:音楽・ダンス・メシュイ

週末に、モーリタニア政府が主催する、国際女性デーの行事に招待された。場所は、ヌアムガル(Nouamghar)という首都ヌアクショットから車で3時間ほど離れた小さな漁村。バン・ダルガン国立公園の入り口でもあり、公共機関の出張所なども多いため、中央政府からの出張者も受け入れるためにVIP用の宿泊施設も数年前に建設された。今回、政府関係者はそのVIP施設に泊まるらしいが、我々は、慣れた釣り客用のテントに宿泊した。

午後7時に公式行事が始まるということで、モーリタニア衣装に着替えて7時前に現地到着した。が、行事用の大型テントは薄暗がりの中。隣の宿泊施設から引っ張ってくるはずの電気がうまくいかず、発電機をもってきて何とかするらしい。まあ何とかなるだろうと、我々は駐車場のあたりでうろうろぶらぶらして時間をつぶす。携帯の電波受信も微妙なので、携帯で暇つぶしもできない。そのうち、男性のブウブウや女性のメラファが薄暮の中にフワフワとどこからともなく集まってくる。暗くなる大地を背景に、ふわふわした物体があっちに集まり、こっちに集まりしているのが風情でもある。しかしおなかも空いてくる。行事後の夕食に招待されているので、持参したお菓子で小腹を満たし開催を待つ。

午後9時近くになって、やっと発電機がうなりを上げた。さらに大臣の到着を待って、行事は始まった。こういう場合の言語は、アラビア語のモーリタニア・バージョンであるハッサニア語で行われる。私はモーリタニアに2年半いるが、フランス語の上達もやっとでハッサニア語はまだまだ追い付かないため、社会・子ども・女性大臣、青年・スポーツ大臣をはじめとするVIPのスピーチ中は、テント内のわきに追いやられている(?)女性たちの中に入って、フランス語で説明してくれそうな地元の女性を探したが、どうにもみつからず、ただ座っているしかなかった。(じゅうたんの上にあぐら座り、というのが一般的な座り方)公式の場では男女は別々で、スピーチ台は男性が正面だ。国際女性デーのイベントでも関係ないらしい。そんなことを観察していると、地元の村の女子によるファッションショー(キャットウォークだけ)が始まった。友達同士恥ずかしそうにしていてなんだかかわいいが、インフォーマルな感じは否めない。日本の学校みたいに、「人前ではピシッとしなさい!」なんて言われないんだろう。

そして、行事のハイライト、音楽が始まった。モーリタニアの伝統的な音楽は、調べたところによると、アラブ風、アフリカ風、混合風、というあるらしい。この国の人種や地理と同じく、やはり音楽もアラブ世界とアフリカ世界が交差しているようだ。また音楽を演奏する人たちは、必ずハラティン(モーリタニアでは一般に黒モールと呼ばれる)の人々だそうだ。この辺りも私はきちんと勉強しているわけではないのでいろいろと書けないが、とにかくこういった伝統的なことは部族ごとに役割が決まっている、ということが多いようだ。

モーリタニアでティディニッ(Tidinit)と呼ばれるボディがひょうたん型の細身のギターがアラブ音階を奏で、太鼓(いわゆるジャンベ)がアフリカっぽいリズムを刻み、黒い衣装に身を包んだハラティンの女性が日本の民謡を思わせる声音とメロディーで歌い始める。そのうち、木製のショットガン模型(モーリタニア・カラーの緑と黄色でペイントされている)みたいなものを持った男性二人が出てきて踊り始めた。テンポが次第に速くなると、二人はやおらコンバットみたいにリズミカルな格闘シーンを繰り広げては突然床に伏せては跳ね上がったり、なかなかアクロバティックな踊りを披露してくれた。ハッサニア戦士たちの勇敢な戦いのシーンらしい(個人的には、東南アジアで見たラーマーヤナの戦いシーンを彷彿とした)。エレキギターも入って手拍子とともにさらに白熱してくる。次に歌声が男性のだみ声に変わると、さっきまで歌っていた女性二人が盆踊りを思わせる手の動きで戦士たちの踊りの輪に入ってきた。この入れ替わりが何度か繰り返され、気合の入ったアクロバットが出てくると、観客からも掛け声がかかって会場の一体感が出てくる。後で調べてみると、こういった演奏は喜・怒・哀・楽といった情緒で構成されているらしい。ぜひ次回はもっといろいろ解説してくれる人と鑑賞してみたい。

そして夕食は音楽終了後の11時近くだった。VIPの食事は本来は男性だけのところを、招待客の家族ということで特別にVIPルームに入れてくれた。社会・子ども・女性大臣は女性だが、他にモーリタニ人の女性はいない。地元の女性たちは別室で食事をとるらしい。食事はまずナツメヤシを食べる。クリームを皆さんディップして食べるが、私はそのまま。クリームなんてつけなくても十分甘いのだ。そのうちメインの食べ物が運ばれてきた。もちろんメシュイ。15人ほどのテーブルにサラダやオードブル、そして羊丸ごとのメシュイが4頭はいたのではないか。羊のおなかにクスクスが詰められていて、羊の体に何本も突き立てられた切り取り用ナイフで、近くに座った人がメシュイ奉行となって周りの人に適宜切り分けてくれる。とてもおいしいメシュイだが、ボリュームがすごいので一皿で相当おなか一杯になる。お皿が開いていると、周りの人が無言でお肉を追加してくれるので、必ず何かお皿に残して食べ終わることにしている。テントに着いた頃は、もう日付を過ぎていた。主人を含め数名はそこから夜釣りに行ったが、私はあの不思議な音階を思い出しながら眠りについた。

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アフリカ U20  ネイションズ・カップ    イン・モーリタニア!

隔年で開催される、20歳以下のアフリカのサッカー・チャンピオンシップ、アフリカU20ネイションズ・カップ。今年はここモーリタニアで開催されている。

開催初日は2月14日日曜日。それまで午後8時以降の外出禁止令が、この開催直前の金曜日2月12日から午前0時に変更になった。コロナ感染件数の減少もあったとはいえ、国民がこの一大イベントを楽しむための配慮であったことは間違いない。開会式は、北の漁港都市、ヌアディブで行われた。そのせいか、開催直前の週末はやたらとヌアディブ方面に向かう交通量が多かった。

モーリタニアも、アフリカ諸国として例外なくサッカー好きな国である。平日夕刻や週末は、町のいたるところで地元チームが練習しているし、フットサルのスクールも数多く見かける。若者が仕事を見つけることも難しいモーリタニアのような国では、こういったイベントが、若者に希望や楽しみを与えてくれるはずだ。

さてこの大会でのモーリタニアの活躍はというと、皮きりのカードは当然開催国のモーリタニア戦。相手は強豪カメルーン。おおかたの予想通りモーリタニアは勝利に至らなかったが、「昨日の試合はどうだった?」と聞くと、「モーリタニアはまだまだサッカー分かってないな!」という感想が返ってきたり、とりあえず皆盛り上がっている。プール予選は抜けられなかったものの、1勝はできたようだ。

ただコロナ感染症対策のためにもちろん無観客で行われ、試合会場付近も厳戒態勢。試合当日になると、午後から会場付近にバリケードが設置される。そして今夜はその決勝戦!もともとは木曜日に行うはずだった決勝戦を、おそらく参加国からの要請があったのか、土曜の夜に再設定したあたりがモーリタニアらしい。

U20の世界大会は今年は中止が決定しているそうだが、そんな中、頑張ってこのアフリカ大会を決行し成功裏に終えるということで、モーリタニアという国が知られることになれば、それはそれで国としての貴重な一勝と言えるだろう。

写真は、町中でイベントの開催と参加各国を歓迎するバナーと、選手移動用の大型バス(普段は見たこともないようなモダンできれいなバス。相当予算もかかっているのだろう。。)

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ヴィラージュの結婚

最近見た、イタリアの映画「ヴィラージュの結婚」(原題Flash out)に、モーリタニアに残る女子への強制飲食の慣習、ガバージュが描かれている。ヴィラージュ本人は、本当はガバージュもお見合い結婚も乗り気じゃないのに、伝統と慣習に逆らえず、食べたくなくても真夜中に母親が作った食事を無理に食べたり、結婚前の女子会パーティーに行って盛り上がってまぎらわす。あまりセリフのない映画だが、ヴィラージュの表情や行動から彼女の抑えられた感情を見て取ることができ、同じ女性として切なくなる。

モーリタニアでは、特にアラブ系の人々(モール)の間で、女性は太っていれば太っているほど美しい、とされている。日本や欧米で言えば完全に「肥満」のレベルだ。娘を持つ親にとって、娘をどんどん太らせて美しくし、良家に嫁げるようにしてあげることが、重大な責任となっている。それがガバージュだ。

とはいえ国土がほとんど砂漠の国では、手に入る食物の種類は限られていて、大半の国民は毎食たらふく食べれるほどに豊かではない。比較的入手しやすくて脂肪分も高いのがラクダ乳。小さいころから無理にたくさん飲ませたりして、美しい女性に育て上げようとするそうだ。さらに結婚適齢期になると、真夜中に起こされてヤギ肉料理を食べさせられたり、パン粉のオリーブオイル漬けやラクダ乳を飲まされたりするという。先述の映画の中では、毎日決まった時間にヴィラージュの体重測定が行われる。目標体重達成までガバージュは続くのである。

最近の若い世代は、健康上の理由や価値観の多様化で、ガバージュも減ってきているとは聞いているが、個人売買のフェイスブック・ページでは「太る薬」が宣伝される。需要があるということだ。また、以下のブログによると、ガバージュを受けている女子は首都では7%だが、遠隔地では75%というからまだまだ根強く残っている。

こちらの女性の一般的な外出時の服装は、メラファと言って長い一枚布で頭から足先まで覆っている。なので体系なんてほとんどわからない。ふくよかな女性の後姿は、大きなお尻がゆらりゆらりとするたびにメラファがふわりふわりとなびく様は、なぜかトップモデルがランウェイを歩く姿を想像させる。

身体的にも精神的にも苦行に近そうな伝統・慣習だが、モーリタニア社会の中で女性が自信をもって生きていく一つの術なのだろうか。