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バン・ダルガン(Banc d’Arguin)自然国立公園とヌアディブ(Nouadhibou)への旅(2)

2日目の朝は、7時前に目が覚めた。薄曇りの空が広がるタファリット岬を見ながらキャンプ用ガスコンロでコーヒーを淹れていると、シディさんが草鞋みたいな大きさの、焼き立てほかほかのパンを持ってきてくれた。キャンプ場のとなりで水やちょっとしたものを売っている人たちがいて、朝はこうしてパンを焼いているそうだ。素朴な味で結構おいしい。本日のプログラムは、午前中から昼過ぎまで半日魚釣り・ボートトリップ、その後いったんシャミの町に出てお肉を買い、夕方は砂丘の上でメシュイ、となっている。車に荷物を積んだ後、まだ時間があったので、シディさんがお茶を淹れる。ミント・ティーの甘苦い味は一日の活力を与えてくれる。

前日と同じ場所を通りながらイウィクに着いた。しばらく待っていると、村の男性が、その辺の木材の寄せ集めのようなはしごを担いできた。すでに我々のボートには3-4人の船員が乗り込んでいた。我々もはしごを伝って乗り込んで、さあ出奔。帆が勢いよく巻き降ろされ、ロープで帆を張る。風に帆がふくらんで船はゆっくりと村を離れた。バン・ダルガン公園内では、環境保全のためにモーターの使用が禁止されている。なのでこの近海で行われる小規模の漁業は全て帆船。マスト1本だけの小型帆船だけだ。水面の音を聞きながらまさに滑るように船が進んでいく。

1時間ほど乗っていると、正面に岸が見えてきた。他の外国人観光客を乗せた帆船が浅瀬に停泊している。これも同じく環境保護を目的として、調査目的以外では人は岸に上がってはいけないことになっている。彼らが浅瀬で遊んでいるその向こうには、ペリカンらしき群れが見える。双眼鏡で見るとさらに遠くにはフラミンゴが群れている。2-300羽は優に超えているだろう。時々波を描くように群れで舞い上がる。12月になると遠くロシアから北極を超えて越冬しに飛来してくる鳥がさらに増え、最大数は数万羽になると言われている。この時期でもかなり見ごたえがある。12月に再度来てみてみたい。

さて目的の島に到着した。ここも上陸はできない。周辺の浅瀬で泳いでクールダウンした後、釣りざおを垂らしてのんびりと魚が釣れるのを待った。20分ほどで息子が最初の一匹をゲット。そのあと、ぼちぼちかかって1時間弱で5匹ほどが釣れた。家族で初めて釣りに挑戦した我々としては上出来だ。その場で内臓だけ処理し、翌日のお昼にバーベキューにすることにした。

そしてイウィクへの帰途、シディさんが遠くを指さして言った。「いるかだ!」皆興奮してボートから身を乗り出す。舟から見える数は多くないが、魚の群れを追っているらしく、ときどき背びれ付きの丸い背中が海から飛び出してくる。なかなかシャッターのタイミングがつかめない。いるかに追われている魚も跳ねながら逃げる。タンザニアのサファリで、ライオンがガゼルを追い詰めるところを見ているようなもので、追われている方にしてみれば、見世物になって迷惑な話かもしれない。だがいるかのこうした野生の姿を見ることはなかなかないものだ。シディさんは新旧モーリタニア大統領の名前とか呼んでいる。。逃げたら困るんですが。

さてその後いったんシャミの町に戻り、メシュイ用のお肉を購入。夕食は砂丘でメシュイにしよう、というシディさんの提案だった。また砂漠を走る。私にとっては行けども行けども同じ風景だが、シディさんは小さいときから数えきれないほど往来していて、ちょっとした植物の移り変わりなどが道しるべとなるらしい。3-40分ほどすると、むき出しになった肌のような砂丘が見えてきた。見晴らしのいいところまで車で登って、持参した簡易バーベキューセットに炭で火をおこす。さっそくメシュイの調理が始まった。メシュイにはよく玉ねぎが一緒に調理される。これにシャミの町で買ったフランスパンが主食だ。もちろん食事の前後にはミント・ティーが淹れられる。

砂漠の向こうにぼんやりと遠く沈みゆく夕日を見ながら、我々以外に生きて動いている物ははいないような感覚になった。そして我々の食事は、シンプルだが、一生に一度くらいの特別な食事に思われた。メシュイを食べ終わったころにはすっかり日も暮れ、暗闇の中をイウィクへ戻る。夜間運転もシディさんの眼だけが頼りだ。そしていつの間にかイウィクへ戻り着き、宿であるコミュニティ・キャンプ場のバンガローに落ち着いた。シディさんは外で火を焚いてその周りにござを敷き、ミント・ティーを淹れ始めた。主人はござの上にマットレスをおいて夜空の下で寝るという。私もしばらく海からの風に吹かれながら寝る前のミント・ティーを楽しんで眠りについた。

翌日はモーリタニア第二の都市、ヌアディブだ。

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バン・ダルガン(Banc d’Arguin)自然国立公園とヌアディブ(Nouadhibou)への旅(1)

イスラム教の年中行事の中でも大きな犠牲祭が年に一度やってくる。モーリタニアの人々は家族とともに過ごし、ささげられた羊の丸焼き(つまりメシュイ)を食べることが慣例となっている。地方の家族に生きた羊を買って帰るのが最高のおみやげだ。それでも一頭が5-6万ウギア(約1,200USD)はするそうで、皆が買えるわけではないようだ。このころになると街頭広告でも「羊があたる」という販売促進が行われるくらいなのだ。

「羊があたる」という街頭広告

公式には月曜と火曜が犠牲祭となったが、週末を含めると4連休になるので、この休みを利用して、モーリタニア国内でも、飛来野鳥で知られる海岸沿い北部のバン・ダルガン国立公園とモーリタニア第二の都市で漁業で栄えるヌアディブへ1泊の予定で出かけることにした。

今回行くようなバン・ダルガン公園のタファリット岬などは、在住外国人が良く休暇で訪れるところであるとはいえ、国道2号線(ヌアディブ・ロード)を外れて砂漠を運転し、文字通り道なき道を進まなければたどりつかないためガイドの傭上は必須。在住年数の長い人々に聞き、バン・ダルガン保護協会のシディさんにガイドをお願いすることにした。過去に日本大使のガイドをしたこともあるベテランのガイドだ。

当日は午前7時に出発。タファリット岬にはテントがあり水やパンも手に入るが、基本的には全て自前でやることを前提としてほしい、ということだったので、完全に野外キャンプ装備で臨む。シディさんはリュック一つとお茶セットを持ってきた。モーリタニアではお茶セットを持たずして遠出してならないのだ。

国道2号線をひたすら北に向けて走り続けることおよそ3時間。道のレストラン、ガルドゥノー(Gare de Nord)でトイレ休憩。トイレといってもきれいに管理されているわけではないので、トイレ室内に入るのにも覚悟がいる。これだったら砂漠で用を足した方がまだましというくらいに、化石化しつつある排泄物などが転がっていて、心が休まらない。ミント・ティーで何とか気を取り直し、旅を続ける。しばらくするとシャミ(Chami)という町に着く。ヌアクショットからヌアディブのちょうど中間に位置していて、給油やちょっとした買い物ができる。

さらに15分ほど進んだころ、シディさんが「左に曲がって」と言う。左に広がるのは砂漠。どこから入るのか?どこでもいいから左、というのだ。ここから入ると10キロくらい走路が短縮できる、というのでとにかく舗装道路の路肩も超えて、左手の砂漠に突っ込んでいく。砂漠の運転にはかなり経験が必要で、いくら四輪駆動でもスピードやギアが適度でないとすぐに止まってしまう。シディさんは自分で砂漠も運転するのに慣れていて、「ここはセカンド、ここからはサード」と指示してくれる。それでもタイヤが砂につかまる。途中からシディさんに運転をお願いしてオフロード・ドライブを楽しむことにした。それでも時々砂丘を登坂するときは目をつぶって「止まりませんように」と祈ってしまうのだった。

そして1時間強の砂漠ドライブを経て辿り着いたタファリット岬は、巨大な丸い岩を先端とし、北側に穏やかなビーチが続く。ビーチに沿って岩を見上げるようにモロッコ式テントとモーリタニア式テントのハイマがいくつか設置されている。我々は一番岩から離れた小さめのハイマを割り当てられた。荷物を降ろして、シディさんは、さっそくお茶淹れを始めた。旅先に到着してまずはお茶でも、というのは日本でも同じ感覚だ。甘いミント・ティーを飲んでいると、テントの外から声がして、シディさんの知り合いの男性がテントに入ってきた。二人はひとしきり握手してハグして挨拶して、男性は座って我々のお茶に加わった。そうだ、おいしくお茶を淹れる秘訣の一つは「人々が集うこと」なのだ。おいしくお茶を飲んでしばらく談笑ののち、我々は海水浴を楽しんだ。それから再び車に乗って、翌日のボートを予約しに隣村のイウィク(Iwik)まで行った。

イウィクまでの道のりの途中、砂漠のバラ(https://ja.wikipedia.org/wiki/砂漠のバラ)と呼ばれる、砂の中の鉱物が結晶化してできる石を見せてくれた。いわれなければ全く気付かずに通り過ぎてしまう、砂に隠れるように咲いている花の形をした石だ。許可を得て記念に小さなものを拾ってきた。

「砂漠のバラ」と呼ばれる結晶石

隣村といっても砂漠をひた走ること30分強、ガイドのシディさんの指示だけが頼りだ。車の轍に沿うこともあれば、外れて進むこともある。「昔はここがヌアクショットに通じる道だったんだ」と途中で説明してくれたが、道ってこの車の轍があるところのことかいな?しばらく進と、砂漠の向こうになにやら標識っぽいものがぽつんと立っている。4方向を指しているが何が書いてあったかは全く見えない。きっとヌアクショットと書いてあったのだろう。西部劇の映画で、荒野の中にぽつねんと立っている道しるべを見た記憶がある。雨風しか通らなさそうで、実は確かに人が通る場所なのだ。

イウィクは小さな漁村で、我々が車から降りると、子どもたちが寄ってじっと我々を見ている。明日の船を予約した後、借りた釣り竿をもって、村のはずれに釣りに出かけた。シディさんがえさ用のイワシを釣り針につけてくれた。小1時間ほどやっているうちに釣れたのは、なまずが5匹ほど(ほとんど海に戻した)とますに似た魚が一匹。この一匹はシディさんがさばいてくれてこの日の夕食になった。以前タイでタイ語の勉強をしていた時に、「一日中釣りをしていておじいさんに怒られた」という例文を読んで、のんびりした田舎で過ごす子供を思い出しておかしくなったと同時に、今の自分にこんな時間の過ごし方ができるだろうか、と思った。イウィクでは、きっとほとんどの子どもたちがそんな時間を過ごしているのだろう。

夕食は、釣った魚と持参した鳥の串焼きをバーベキュー。ゆっくり夜が更けていった。もちろん食事の前後はお茶が入れられたのだった。